認知症と遺言能力の関係 ― もしもの時に備える基本的なポイント

遺言書は、人生の最終段階において自分の大切な財産をどのように分け、誰に残すかを決める最終の意思表示です。特に高齢化社会の現代においては、認知症が進行することで遺言の有効性が大きく左右されるという問題が顕著になっています。認知症の進行具合によっては、遺言の効力が争われるケースが増えており、遺言を作成する際には細心の注意を払う必要があります。
本記事では、行政書士の視点から、認知症と遺言能力の関係についてわかりやすく解説するとともに、遺言書を作成するときに押さえておきたいポイントや、将来に向けて備えておきたい具体的な対策まで詳しくお伝えします。
遺言能力とは
遺言能力とは、遺言を作成する際に必要とされる判断能力のことです。民法第963条(15歳に達した者の遺言能力)では、15歳に達した者は遺言を作成できると規定されていますが、年齢要件だけでなく、自分の財産や相続人の状況を理解し、誰にどのように残すかを判断できる能力が必要です。
第963条【遺言能力を要する時期】
遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。
遺言能力が欠けていれば、形式が整っていても遺言は無効となります。さらに、遺言能力は作成時点での状態によって決まり、特に認知症や加齢による判断力の低下が問題となることがあります。遺言能力を巡るトラブルを避けるためには、周囲の専門家のサポートや家族間での理解が重要です。
遺言書を作成した時点での判断能力をいかに確保するか、そしてその証拠をどう残すかという点が非常に大切です。遺言能力を証明する方法として、医師の診断書の取得や遺言作成時の状況を詳しく記録することが挙げられます。
認知症と遺言能力の関係
認知症と診断されたからといって、ただちに遺言能力が失われるわけではありません。認知症には進行段階があり、初期の段階では意思能力(遺言書を作成する際に、遺言者が自分の財産や相続人の状況を理解し、適切に判断できる能力のこと)が残っている場合も多いです。
遺言作成時に自分の財産や相続関係を理解し、誰にどのように分けるかを合理的に考えることができれば、遺言能力は認められます。ただし、認知症の進行具合によっては一時的に判断力が低下することもあります。
そのため、遺言書を作成するタイミングや周囲のサポート体制が重要になります。一方で、認知症が進行し、判断能力が失われている場合には、遺言書は無効となる可能性が高いです。実際には、医師の診断書や作成時の状況を記録しておくなどの対策を施して、慎重に手続きを進める必要があります。
遺言能力の有無をどのように判断するのか?
認知症の方が作成した遺言書が有効かどうかをめぐる判断では、遺言者が相続人や財産の状況を理解していたか、遺言内容が合理的かどうかがポイントになります。そのため、作成当時のカルテや診療記録、立会人や家族の証言などが重視されます。
さらに、相続人間での会話内容や、作成時の遺言者の表情・態度なども総合的に判断材料となることがあります。また、遺言者がどのような思いで遺言を書いたのか、その背景や動機までを含めて慎重に検討されます。
公正証書遺言の場合には、公証人が実際に遺言者の意思確認を行い、面談や意思の確認のための質問、時には医師の診断書の確認を通じて丁寧に遺言能力の有無を判断したうえで、公正証書遺言の作成を行うため、遺言能力の有無を巡ってトラブルになるリスクは非常に低くなります。
遺言能力を巡るトラブル事例
ここでは、実際にあったトラブル事例を通して注意すべきポイントをご紹介します。
事例1:認知症が進行していた時期の遺言書
重度の認知症の時期に作成された遺言書について、相続人の一部が「遺言能力がなかった」と主張しました。このような場合には、遺言者の当時の意思能力を示す医療記録や診療記録が重要視されます。加えて、遺言の内容自体が合理的であったかどうかも判断材料となります。結果として、カルテや診療記録、遺言内容の合理性などを総合的に検討した結果、遺言書は無効と認定されました。
事例2:軽度認知症と遺言書
軽度認知症と診断されていても、作成当日は家族や周囲の人との会話が問題なく、遺言内容も的確で合理的だったケースです。このような状況では、遺言書の内容や遺言者の体調、会話内容に加え、遺言を作成した時の状況証拠などを総合的に確認し、意思能力が認められ、有効とされました。さらに、遺言者の判断能力を補強するための診断書や、作成時の状況の詳細な記録が役立つ場合があります。
事前に備えておくべき3つのポイント
遺言の作成時期や準備の流れやポイントについても含めてご紹介します。
1. 早めに遺言書を作成する
元気なうちに遺言を作成しておけば、後から争われるリスクを下げられます。さらに、遺言を作成する際には、財産の分け方や法的な要件に悩むことも多いでしょう。内容に迷う場合や将来のトラブルを未然に防ぐためには、信頼できる行政書士などの専門家に相談するのがおすすめです。専門家は、法律的な視点からアドバイスをしてくれるだけでなく、遺言者の希望をしっかりと形にするお手伝いをしてくれます。
2. 公正証書遺言を活用する
公証人が遺言者の意思確認を行い、証人も立ち会うため、有効性を強力に証明できるほか、手続きを行う際には公証人が丁寧に進めてくれるため、トラブルのリスクが大幅に下がります。さらに、家庭裁判所の検認が不要となるため、手続きがよりスムーズになります。公正証書遺言を活用することで、相続に不安を抱えている方にとって非常に心強いものになるでしょう。
3. 任意後見契約・見守り契約を活用する
任意後見契約は、認知症が進行して遺言内容を見直すことが難しくなる場合に備え、元気なうちに信頼できる人を代理人として選び、財産管理や生活のサポートをお願いする契約です。見守り契約は、日常生活において本人を支える契約であり、任意後見契約にスムーズに移行するための準備として機能します。これらの契約を結ぶことで、遺言書の見直しや修正が難しい状況になった場合でも、本人の意思を大切にしながら財産管理や生活支援を進めることが可能となります。
遺言書作成時のポイント
遺言能力が後にトラブルを招かないように、遺言書を作成するときに特に意識しておきたいポイントをいくつかご紹介します。
診断書の取得
診断書を残すことで、遺言能力を争われにくくなり、後にトラブルになることを防ぐ効果があります。医師に作成を依頼する際には、遺言能力に関する具体的な診断も求めると安心です。診断書が詳細であれば、相続人間の納得を得やすくなり、争いが起こるリスクを大幅に下げることができます。公正証書遺言を作成する場合、必要書類として診断書の提出を求められる場合もあります。
作成時の記録
作成時の様子を動画やメモで残すことで、後のトラブル防止に大いに役立ちます。作成当日の様子を丁寧に記録しておくと、遺言者の判断能力や遺言作成時の経緯が具体的に分かり、相続人間での納得感が高まります。結果として、相続人の安心感を生み、将来的なトラブルを回避するうえでも重要なポイントです。
内容の定期的な見直し
家族状況や財産の変化に合わせて、遺言内容を定期的に見直すことが大切です。遺言内容の見直しは、行政書士などの専門家に相談することで、法的リスクを回避し、円滑な相続を実現するのに役立ちます。見直しの際には、相続人間の意思疎通を大切にし、将来的なトラブルを未然に防ぐための修正や補足を行いましょう。遺言者の意思を正確に反映し、家族がトラブルなく安心して遺産を受け継ぐために、こうした定期的な見直しは不可欠です。
まとめ
認知症と遺言能力の関係は、相続トラブルを防ぐうえで非常に重要です。認知症と診断されたとしても、すぐに遺言能力が失われるわけではありません。軽度の認知症であれば、遺言能力が十分に残っているケースもあります。
大切なのは、遺言書を作成する時点での判断能力です。そのため、早めに遺言書を作成し、公正証書遺言を活用すること、任意後見契約などの備えを検討することをおすすめします。また、遺言書の内容は家族状況や財産の変化に応じて定期的に見直し、将来の不安を取り除くことが大切です。
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